最高裁判所第三小法廷 昭和58年(あ)1309号 決定 1985年7月16日
主文
本件上告を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人新津勇七の上告趣意のうち、憲法三七条違反をいう点は、実質は刑法一九三条の解釈の誤りをいう単なる法令違反の主張であり、判例違反をいう点は、所論引用の判例は所論のいうような趣旨の判断をしたものでないから、前提を欠き、その余は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
なお、原判決の是認する第一審判決の認定によれば、被告人は、小倉簡易裁判所判事で、加賀江光子に対する窃盗被告事件の審理を担当していた者であるが、同事件については、被害弁償を待つために次回公判期日が昭和五五年七月一六日に指定されていたところ、同月一一日午後八時四〇分ころ、自己との交際を求める意図で、右加賀江に電話をし、「裁判所の安川ですが。」「例の件の弁償はどうなりましたか。」「これから弁償のことで、ちょっと会えないかな。」などと言って、同女を呼び出し、右被告事件について出頭を求められたものと誤信した同女をして、同九時ころ国鉄小倉駅付近の喫茶店「カーミン」まで出向かせ、そのころから同九時三〇分ころまでの間、同店内に同席させたというのである。刑事事件の被告人に出頭を求めることは裁判官の一般的職務権限に属するところ、裁判官がその担当する刑事事件の被告人を右時刻に電話で喫茶店に呼び出す行為は、その職権行使の方法としては異常なことであるとしても、当該刑事事件の審理が右状況にあるもとで、弁償の件で会いたいと言っていることにかんがみると、所論のいうように職権行使としての外形を備えていないものとはいえず、右呼出しを受けた刑事事件の被告人をして、裁判官がその権限を行使して自己に出頭を求めてきたと信じさせるに足りる行為であると認めるのが相当であるから、右加賀江をしてその旨誤信させて、喫茶店まで出向かせ、同店内に同席させた被告人の前記所為は、職権を濫用し同女をして義務なきことを行わせたものというべきである。これと同旨の原判断は、正当である。
よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項本文により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 木戸口久治 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 長島 敦)